◆大都会の魚釣り

 中学校の授業が終わると神戸・須磨海岸に自転車で友達とよく魚釣りに行った。浜辺から投釣りで底にいる魚を狙うのだ。テンコチ、キス、ベラ、カレイなどが釣れる。ピクピクと糸から伝わってくる引きの合図。待ちに待った感動の一瞬だ。この一瞬の醍醐味が釣人を虜(とりこ)にする。家に帰ると母が笑顔で料理をしてくれる。自分が釣った魚の味は格別であった。

 大学で東京に住むことになった。毎日JR中野駅からお茶の水駅まで行くのだが、途中市ヶ谷駅付近で外を見るのが楽しみとなっていた。そこには「市ヶ谷フィッシュセンター」があり、たくさんの釣人が長閑に糸を垂れている。たまに釣れている瞬間を目にすることもある。自分のことのように興奮するラッキーな一瞬だ。電車の中から釣人に思わず拍手を送りたくなる。

 ここは創業50年以上の歴史がある総合鑑賞魚センターである。世界中から厳選した熱帯魚・水草・飼育用品を取り揃え、上級者から初心者に至るまで安心して楽しめるようになっている。 ビール瓶の箱を裏返して椅子にして、のんびりと座っている様子はたまらなく羨ましく思えた。

  東京での生活は毎日が精一杯の連続である。目に見えない濁った池の中にいる鯉を、いつ釣れるか分からない鯉を、必ず食付いてくれるであろうと信じ期待をして待ち続ける。釣りをしたことのない人間であれば、とても我慢が出来るものではないと思う。

 いつ釣れるか分からないからいいのだ。釣り人は気が短い人が多いとか。確かにそう思う。もう食いつくであろう。いや!もう食付いてもいいころだ。そう思い続けて10分、30分、1時間も同じ体制で待ち続ける。浮を見ながら全てを忘れて集中できるひと時なのだ。

2008年秋