◆松尾芭蕉の姿

 これまで見たこともない実に風変りな建物であった。木造檜皮葺き屋根の二層の塔建てで、初層は八角そして二層は丸型になっており、八角重層塔建式の特殊な構造物である。これは松尾芭蕉生誕300年を記念して1942(昭和17)年に建設されたもので、「俳聖殿」と呼ばれ三重県伊賀市の伊賀上野城本丸の近くにあった。 少し離れて全体像を見てはっと気がついた。生涯を旅に費やした漂泊の詩人「芭蕉翁の旅姿」を表しているではないか。つまり二階の屋根は旅笠。俳聖殿の文字辺りが顔にあたる。一階の八角型の屋根は衣服の肩から腰の姿となり、その屋根を支える周囲の柱は足と杖を表している。自らを風羅坊と号し「涯ては野ざらしになろうが、自分の理念を追求するための旅はしなければならぬ」との芭蕉翁の強い信念となっている。「旅人とわが名よばれん初しぐれ」との芭蕉翁の吟が、最も象徴的に私の心に残っている。

  俳聖殿の建物の中には伊賀焼で造られた芭蕉翁の座像が安置されている。穏やかな風貌で瞑想する像は陶芸芸術の傑作でもある。建物前には大きな広場があり、ここで毎年10月12日芭蕉翁の命日に「芭蕉祭」が挙行されている。

 俳句王国が四国の愛媛県松山市であるなば、ここ松尾芭蕉が生まれた三重県伊賀市は俳句の故郷ではないかと私には思えた。街のあちこちで芭蕉翁の句碑が建ち、俳句箱も設置されていた。 「熱燗や政治論議は熱かりき」私も一句詠ませて頂いた。

2008年秋