◆高松城の天守閣

 私の父方の先祖(ルーツ)をたどってみれば香川県である。母方は徳島県でいずれも四国に端を発している。両家の祖父、祖父母の生まれはいずれも四国だが、若い時に神戸に移住して結婚。私の両親は神戸生まれである。ある年代になると自分のルーツを知りたくなることも。私は何度も足を運んでみた。そこは高松市の近郊にあり、周りは田んぼばかりの田舎であった。お爺さんはどんな人?ひお爺さんは?もっとたどれば?想像するだけでも夢とロマンが広がる。

 穏やかな瀬戸内海に面した香川県高松市は大都市であった。真夏には水不足で大きなニュースになるものの、瀬戸内海気候に恵まれた素晴らしい地域である。そんな中心地に「高松城」はあった。別名・玉藻城(たまもじょう)とも呼ばれている。ここは日本初の本格的な水城である。外堀、中掘、内堀に海水を引き込んだ“堅固”な構えになっている。

  歴史をたどれば、豊臣秀吉から讃岐に封ぜられた生駒親正によって、1590(天正18)年に築城されている。その後は水戸藩初代藩主・徳川頼房の子、松平頼重が入城してより子孫11代228年間在城。そして1955(昭和30)年、国の史跡に指定を受け高松市立玉藻公園として一般公開されている。

 そのなかで当時のまま現存している月見櫓、艮櫓、水手御門、渡櫓が重要文化財に指定される。しかし高松城の最盛期には、総面積66万平方メートル(約20万坪)あったものの、現在ではその8分1の8万平方メートル(約2万4千坪)に減少している。

 いま高松市のシンボルとして、失われた高松城天守閣復元の気運が高まっているとか。戦争のない日本にとって、文化遺産の面からも良いことだと思う。

撮影2006年春