◆御茶ノ水の学生街

 お茶の水は東京でも有名な学生の街であった。中央大学、明治大学、日本大学、東京医科歯科大学、順天堂大学、更には駿台予備校等、これらが御茶ノ水駅周辺にかたまっていた。街は学生中心に動いていた。したがって日曜日は閑散としており、人の気配は全くなかったほど極端な街である。

 周辺は学生相手の食堂が並んでいた。そのなかで美味くて安い店は、さすがに人気でいつも満員であった。当時は今と比べて貧しい学生が多かったように思う。私もその内の一人であった。1966(昭和41)年から4年間のこと。私が行くお店はいつも満員でミンチカツ定食、魚フライ定食は、ご飯に味噌汁が付いて60円。これ以上安い店は他になかった。普通300円前後の時代のことである。

 ある時そのお店に黒人の留学生が入ってきた。注文したのはご飯だけ。見ていると丼ばちに入ったご飯をフォークで食べるのだが、黙々と食べ終わるとお茶を飲んで20円置いて出て行った。たしかにご飯だけであればメニューに20円と書いていた。私は複雑な気持ちであった。日本で貧しい留学生活をしながらも、必死で頑張っているのだと思えた。もしこの次この店で会えば、ミンチカツを半分わけあって食べようとさえ思った。しかしそれ以降、彼とは二度と会うことはなかった。 喫茶店もたくさんあった。珈琲一杯で何時間も人生を、将来を語り合った。勉強もした。本も読んだ。店はいつも満員であった。「茜(あかね)」という喫茶店には、よく通いお世話になった。

 あれから40年。懐かしい思いを胸にお茶の水を歩いてみた。あの時通った定食屋も、喫茶店「茜」も元気であってほしいとの願いを持ちつつ。しかし残念なことにそこには大きなビルが建っており、今はもう無くなっていた。在る方が不思議なことだと思った。通りには390円の定食の旗がひらめいていた。ここは今も学生街なのだ。

撮影2005年 春